コーチと私とビート板 池袋:大人が水泳にはまる理由
池袋の夜は騒がしい。ネオンが絡み合い、人の波が絶えない。
そんな喧騒から逃れるように、私は週に一度、プールの扉をくぐる。駅前の雑踏が嘘のように、中は塩素の香りと静寂が支配している。
コーチと私とビート板。この3つが揃わなければ、私の水曜日の夜は完成しないのだ。
大人になってから泳ぎを覚えるというのは、想像以上に孤独な戦いだ。頭では理解している。水を掻け、蹴れ、息を続けろ。しかし体は言うことを聞かない。そんな時に出会ったのが、今のコーチであり、憎らしいほど地味な道具、ビート板だった。
コーチはなぜ「蹴れ」としか言わないのか
私のコーチは、あまり多くを語らない。口数は少ないが、視線はいつも水の中にある。
「蹴れ」。ただそれだけを言われる。最初は戸惑った。もっとテクニックを教えて欲しいと思った。しかし彼の指導は単純明快だ。ビート板を持って、ただキックの練習だけを延々と繰り返す。距離は50メートル。それを10本。20本。コーチと私とビート板。この空間には、嘘がない。仕事の評価も、人間関係のしがらみも、一切持ち込めない。
ただ、自分の脚力と体力と、そして心の弱さだけが水面に現れる。
ある日、私はコーチに尋ねた。「なぜビート板ばかりなんですか?」。彼は短く答えた。「浮かないと、泳げないからだ」。そう言って、彼は私のビート板を少しだけ下に押し込んだ。体が沈む。慌てて蹴る。すると自然に体が浮く。
「道具を使って、考えるな。感じろ」。それが彼の哲学だった。
ビート板が暴く、大人の弱点
ビート板は残酷な鏡だ。泳ぎが上手い人ほど、ビート板を使った練習を軽視しない。しかし、初心者である私は、ビート板が嫌いだった。だって、格好悪いから。
大人の水泳教室では、30代、40代の生徒が横一列に並び、それぞれビート板を抱えてバタ足をする。その光景は、ある種のユーモラスさすら覚える。しかし、実際にやってみると驚く。たった50メートルでも、脚が持たないのだ。
コーチと私とビート板。この組み合わせが、私の隠していた運動不足と、姿勢の悪さを暴き出した。陸上では気づかない骨盤の傾き。左右の蹴りの強さの違い。全部、ビート板が教えてくれた。
「もっと大きく蹴れ」じゃなくて、「もっと細かく、速く蹴れ」とコーチは言う。大人の脚力では、大きく蹴ると疲れるだけだ。小さな回転で、水を捉える。これが、大人の水泳術の第一歩だった。
転機:クロールがつながった瞬間
練習を始めてから3ヶ月。クロールの息継ぎがどうしてもできなかった。横向きになると体が沈む。恐怖で息を止めてしまう。
その日も、コーチと私とビート板はプールにいた。私は半ばやけくそで、ビート板を前に突き出し、思い切りキックを打った。「体が板になったつもりで蹴れ」。コーチはそう言った。意味がわからなかった。しかし、彼の手が私の腰を支え、軽く引き上げた。その瞬間、水流が変わった。まるでスイッチが入ったように、前に進む抵抗が消えた。
ビート板があるおかげで、上半身は安定している。蹴れば蹴るほど、体が浮く。その浮力に任せて、体をローリングさせる。すると、口が水面に出た。息が吸えた。
ビート板は、水泳を単純な「身体操作のゲーム」に変えてくれた。コーチはそのゲームのルールを教える審判だ。そして私は、ようやくそのゲームに参加できたプレイヤーだった。
池袋という街とスイミングの調和
練習を終えて、西口の噴水広場に出ると、いつもの喧騒が戻ってくる。スマホを片手に待ち合わせをする人々。ネオンに照らされた街。数時間前まで、自分はあの水の中にいたのだと思うと、不思議な感覚になる。
池袋である意味は大きい。職場から近いのはもちろんだが、この街特有の「カオス」が、むしろ集中力を高めてくれる。東口のゲームセンター、西口のデパート、南口のビジ